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毎日頭の中が先生でいっぱいです
2025/04
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こんばんは、ケータイさんのデータがどうなったかの返事は来てません。ざまみれ。
拍手いただきましてありがとうございました、ほんとうにありがとうございました。なんもしてないのにほんとにすみません。なんかしてます、します。水面下ではしてます。

今日はかきたいことがふたつ。えーとまずは、長くなりそうなネタの話から。
ジャキリで冬のバカンスをかこうとおもいました。一心不乱にかこうかくんだおれはできるぜうああー!とかふとんのなかでもんもんもんもんもんもん、と考えたりトイレでもんもんもんもんと考えたり電車でもんもんしたりしてたら、ぽっとおもいつきました。
仔細は書きながら考えますが、概要だけなんとなく思いつきました。寒い冬でもこころはぽっぽしてるそんならぶいのいいな書きたいな、という欲望に忠実に。
まあ今年中にできたらもうけもんくらいの勢いですが、これからいま書いてるの書き終わったら書きだそうと思います。

かくことその2。表題の件。シーナさんのサイン会で思ったことです。
長くなるのでわけます。あんまりおもしろくないですが、一応「かくこと」ということについて、もんもんしたものです。興味がありましたら。




シーナさんのサイン会で、小説を書いてます、と云ってまわっている女のひとがいたんですね。
で、わたくしは反射的に、こいつはうちにはできないなあ、と思った。
なにをって、ひとに「小説を書いてる」と云う、という行為ね。

さてなんでだろうと考えました。こたえはたぶん、わたくしが「ものかきはオナニーにひとしい」と思っているからです。たぶん。最初にことわっておくと、これはたぶん二次創作だろうと、あるいはこんなことたぶんしないけど、わたくしがオリジナルに小説をかいたとしても、おんなじだと思う。
まじめに小説を書いてる方には気に障る方もいるでしょうけれども、すみませんこれあくまでわたくしの話なので、あんまりまじめにつっこまないでください。

理由を書きます。
そもそも、ものかきという行為はわたくしにとってはえらい偏執狂的な行為で、どっちかというと変態行為に属します。あくまでも個人的に。つくえにむかってじこじこじこじこ、この感情はなんぞや、いかにあらわすべきや、このことばでもないこれにも内包されておらぬ、ああいかんどう云えばいいのやら、とかもんもんとしてるところを客観的に見るに、そのときのわたくしはたぶんうちにある「なんか」を活字にしなければならぬ病にかかっていて、ひたすら、それこそ偏執に、その「なんか」をみて「なんか」をどうにかことばにしようとしている。
ことばは有限である。それに対し、うちにある感情だったり思考だったりは、たぶん無限に近しいものである。佐藤信夫(だったと思う)が云うようにその「無限」を「有限」でどうにかしようとする力技がレトリックであるということでありましょうが、それをひとり部屋にてしこしこと、端末あるいはノートにむかってばかのひとつ覚えのように続けてゆくという、ああこのフェティッシュなひそかなる変態行為。

「ものをかく」という欲求やその行為をばかにしてるわけではありません、決して。
その動機や位置づけは、ひとによってほんとうにさまざまであるのだしそれでいいと思います。神聖にして犯すべからず、というものかきもあるはずです。そもそも、表現しようとする行為は、基本的に神聖なのだろうと思う。
んですが、わたくしにとりものかきは作用としてオナニーに近い。
ものをかくという行為自体がわたくしの場合ちょっと変態じみている(フェティッシュだ、と思う。表現への、あるいはことばへの異常なこだわりだ、と思うのよ)のに加え、ものを書くあいだ、わたくしはつとめて自我を消滅させようとする。他者の思考になりきってみようと努力する。さらにめんどくせえことに、そのよくしらない他者とさらに他者との関係だの感情の変化だのを考えていこうとする。
そこらへん、なんかのぞきの感覚に近いような気がするな。他者の内面に土足で入っちゃったという興奮に結構近い。
さらに云うと、そのときたぶん、ほんのちょっと我を忘れてる。我を忘れる、自我を抑制する。これ、快感だと思うんだ。忘我と快楽とかこのへんについて書いたのはバタイユだったかしらあんまおぼえてないけど、たしかそんなこと書いてた気がする。
その快感だと思う。わたくしが欲するものは。たぶんですよ。いいたいことがあるとか書きたいことがあるとかいうのもあって、でもそれを支えるのはこの結構強い快楽だと思うのよ。
それで、その快楽は自製するもので、わたくしにとってはたぶんオナニーと同じかあるいはそれ以上なのね。性的な快感は余韻を含めてもさほどあとあと尾を引かないけれど、ものかきは文になって残るわけで、それを読み返すたびに、どっかでそのときの感覚を思い出すわけですよ、快感を蒸し返しているというかね。んで、それをネット上におっぴろげてるとなるとこれはもう露出狂以外の何でもない。
だから、そんなこっぱずかしいこと、ネットでこそっと堂々とやってるぶんにはいいけれど、ひとまえで堂々と、云えないなあ、だってそんなことしてるわしって超変態だもん、と思ってるわけです。
堂々と云えるひとは、堂々たる理由で、ものかきをしているのだろうな。すこし、そんなものかきのかたちもいいなあと思う。

なんて、ちょっとキモい話にしてみました。。要はなんだかんだ云って、わたくしは「かく」って行為を愛してるのだろうな、ということ。
過度に本気にせんでください(笑)

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