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毎日頭の中が先生でいっぱいです
2025/04
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 こんばんは、あついのだまったくいやいになるのだ、マスダです。今日はちょっと早めに出現!
えっと、老人ものをあげておきましたよう!大事なことなので、何度でも書きますが、くれぐれも趣味が合わないと思われる方は読まないでください。お願いします。

もうゆったり穏やかなふたりが好きだ……(笑)とりあえず好きだ……そんでいくつになってもいちゃこいてるのが好きだ……これを、現代文化用語で現実逃避という笑
まあそれは冗談にしても。

最近死ぬ瞬間のこととか、死ぬことに興味があってだね、どうやって死ぬのがいいか、というようなこと考えるんだけど、やっぱり死ぬことに対して抗うもんじゃないなっていう意見に到達する。死は人間に義務づけられた現象であるわけだから、それをあんまり不自然に回避しようとするのはいかがなものか、とはわたくしも思う。死ぬことが悪いことなんて明確に定義されたこと、たぶん一度もないしね。
かといって、自ら死期を選ぶというのも、これまたたぶんどうなんだろう、とも思う。しょせん人間は地べた這いずりまわって生きてる人間なわけで、それならそれなりの、なんとなく調和した生き方というか、そういうものがあるんじゃないかなあと思う。そんで、その先に待っているものが、死であるよ、と考えると、とてもいいじゃん人生! と思えるんだけど、たぶんこれはあんまりわかってもらえない感覚かもしれないな。
とにかく、死、という現象は昔から人間にとっては大問題なわけで、このことを考えていくと即生きる意味とかなんかそういうところへつながっていくんだけれど、そしてもっと飛躍してしまうと宗教とかにつながっていってしまうと思うんだけれど、個人的に宗教に救い求めてもなんかどうしようもないっていうか、どうにかしてくれそうな宗教が見あたらないっていうか、いま宗教やってるひとたちって、精神的なものとか霊的なものとかよりも結局金のことしかなさそうに見えるから、あんま信用ならないっていうかなので、どこらへんで生死やらなにやらを考えるか、となると結局自分の自覚しかないということになってくる気がする。自分の心構えというかね。

なんかそんなことをこのところ思ってたら、こういうのができた。またきっと、自分の中での考え方も変わっていくだろうけど、いまは、結構死というものと、いずれひとつにならなくちゃならないのだから、仲良くしておきたいと思っています。

拍手ぱちぱちありがとうございます。。いつもほんとうにありがとうございます。大いに励ましていただいてます。。。
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